フェニーチェ歌劇場友の会
本文へジャンプ

特別独占インタビュー
イタリア・オペラ・デビューから20周年の堀内康雄さん。
そのデビューの舞台は、フェニーチェ劇場だった!


わが国の代表的なプリモ・バリトンである堀内康雄さん。2014年は、堀内さんにとってイタリア・オペラ・デビュー20周年という節目の年に当たります。そして、そのデビューを飾ったのが、奇しくもわがフェニーチェ劇場の舞台とのことで、とくにお願いしてその頃のことを中心にお話を伺いました。

―実は堀内さんは、多くの歌手の方々と違い、音楽学校出身ではありませんね(ちなみにご卒業は慶應義塾大学法学部)。なぜオペラ歌手を目指されたのでしょう。
堀内:子どもの頃からフルートをやっていたので、音楽の仕事には就きたいとは思っていましたが、卒業後は3年ほどサラリーマン生活を送ってから、大決心をして声楽の道に入ったんです。でも、その頃はそんな挑戦が許された時代でしたね(笑)
―1991年からミラノ・ヴェルディ音楽に留学。その後、研鑽を積まれトゥールーズ国際声楽コンクールをはじめヨーロッパ各地の声楽コンクールで優勝、入賞を果たします。
堀内:そう、90年に会社をやめました。ところが、イタリアに渡ってから、その後のキャリアを作ることの方が大変だったんです。国際コンクールで優勝するなどしましたが、何しろフリーですから仕事が来なければ生活ができない。せめて合唱団でも入れないかと試みましたが、これも失敗。オペラ歌手としての軌道に乗るまでが大変でした。その第一歩を踏み出させてくれたのが、フェニーチェ劇場だったんです。
このフェニーチェ劇場のオーディションを受ける前に、イタリア中のオペラハウスに、元旦の日に一斉に手紙を出したんですよ。でもほとんど、<あなたの成功をお祈りします>という断りの返答だった中で、フェニーチェから、オーディションの案内が届いたんです。これは当時フェニーチェ劇場にフランチェスコ・シチリアーニというマリア・カラスを見出したという伝説の芸術監督がいらした。彼が『ラ・ボエーム』を新人ばかりで上演しようという企画を出して、それにショナール役で受かったんです。でも、実際は、他はすべてすでにキャリアがある歌手たちで、文字通りのデビューだったのは僕だけでした。忘れもしません、1994年3月13日がショナールでのイタリア・デビューでしたから。その後、夏にもう一回やりました。そう、燃える前のフェニーチェ劇場でした。本当にいい響きの劇場でしたね。
その当時の共演者たちは、みんな現在でも第一線で活躍していますよ。そうそう、その時に共演したジョヴァンニ・メオーニという歌手が、僕にほんの20分ぐらいでしたが発声法を教えてくれたんです。その発声法になってから、とても良くなりましたね。
 
―それから、ヨーロッパでの輝かしいキャリアがスタートする訳ですね。翌年、ローマ歌劇場での『マクベス』のタイトルロールに抜擢されるとか。
堀内:3年後には、ふたたびフェニーチェから声がかかりました。『リゴレット』でした。リゴレットとモンテローネの両役でした。ヌッチとグエルフィがリゴレットを歌う日は、僕がモンテローネを歌い、他の日はリゴレットを歌いました。ですからほぼ連日出演で、しかも練習中インフルエンザにかかってしまって、声も体調も最悪でした。これは、すでに燃えた後で、テント小屋のパラ・フェニーチェでの公演でした。その数年後、デビュー時にフェニーチェの総秘書をやっていた人が立ち上げた音楽事務所に、幸運にも移籍でき、また新たなキャリアを始める事が出来ました。まさにフェニーチェでの人と人との不思議なつながりです。2001年には、まだ劇場が再建されていなかったので、マリブラン劇場でのプロコフィエフの『三つのオレンジへの恋』にも出ました。
―まさにフェニーチェ劇場は堀内さんにとってキャリアの出発点でもあり、イタリアでのハイライトだったわけですね。
堀内:当時、住まいはミラノにあったんですが、ヴェネツィアに来ると、1ヶ月半程アパートを借りるんです。最初の頃は激安で、なんと全部で7万円程のところでした。正直、住んでいたミラノより、ヴェネツィアが好きでしたね。ヴェネツィアでは全部で19回程歌いました。まさに思い出のヴェネツィアですよ。燃えた後なんかは、その再建募金で随分いろんなものを売っていましたね。お土産と思って買ったのが、ほら、これが燃えた劇場のミニチュアの置物なんです。
―その後の堀内さんについては、ヨーロッパ各地、日本での主要なオペラなどに出演し、今や押しも押されもしない日本のプリモ・バリトンとして活躍されているのはオペラ・ファンならつとにご存知ですね。2012年から、武蔵野音楽大学教授として後進の指導にも当たっていらっしゃいます。
堀内:これから歌いたいオペラですか?うーん、やはりヴェルディですね。『二人のフォスカリ』『エルナーニ』『運命の力』なんかは、ぜひやってみたいですね。今後の予定としては、今年から来年にかけては、『ドン・カルロス』『リゴレット』『ラ・ボエーム』『ファルスタッフ』『オテロ』などが決まっています。結構忙しいですね。
―どうもありがとうございました。これからのますますのご活躍を期待しております。


上の写真で堀内さんがお持ちのミニュチュアは、劇場焼失後に売っていた焼けた劇場のレプリカ?




「ラ・ボエーム」より


「ラ・ボエーム」のポスター。クリックするとより大きな画像をご覧いただけます。

堀内康雄プロフィール
慶應義塾大学卒業。イタリア声楽コンコルソでミラノ大賞、五島記念文化財団オペラ新人賞を受賞し、91年ミラノ・ヴェルディ音楽院へ留学。トゥールーズなど多数の国際コンクールで優勝および入賞を果たした。94年ヴェネツィア・フェニーチェ劇場「ボエーム」でオペラ・デビュー後、同劇場で「リゴレット」「3つのオレンジへの恋」。さらにローマ歌劇場、ブッセート・ヴェルディ・フェスティヴァル、リスボン・サンカルロス国立劇場、ハンガリー国立歌劇場、アテネ国立劇場、スペイン・ビルバオ・オペラ、トリエステ・ヴェルディ劇場、ダブリン国立コンサートホール等に出演。?日本では97年藤原歌劇団の「椿姫」でデビュー後、同団「ルチア」「アドリアーナ・ルクヴルール」「リゴレット」「ジョコンダ」、新国立劇場「アイーダ」「仮面舞踏会」「トロヴァトーレ」「ドン・カルロ」、そのほかびわ湖ホール、大阪国際フェスティバル、愛知県芸術劇場、錦織健プロデュースオペラ等に出演。ジロー・オペラ賞受賞。藤原歌劇団団員。武蔵野音楽大学教授。

 

Amici della Fenice in Giappone. All rights reserved. 2006.