フェニーチェ歌劇場友の会
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2010年3月22日号

ヘンリー・パーセルの「ダイドとエネアス」の演出のためフェニーチェにいらしてらっしゃる勅使川 原三郎氏にお話をお伺いしましたので日本のフェニーチェファンの皆様にご報告いたします。3月14日の初日の公演は大成功でガッゼティ−ノ紙上で音楽評論家マリオ・メッシーニス氏をして「SOMMO ARTISTA 」(SOMMOは至高な、崇高な、偉大なという意味)と言わしめたテシガワラ師の舞台は斬新なミニマリズムでありながらノスタルジック、闇を飲み込むほどの闇(テシガワラ師ご自身の表現)が支配する空間でありながらパーセルの気高い音楽が自由に浮遊するそれは不思議な不思議な素晴らしい芸術体験でした。

今回フェニーチェにオペラ演出でご登場なさるまでのいきさつをお聞かせください。
何年くらい前でしたか、まだフェニーチェの再建工事の真っ最中のころビエンナーレで仕事をさせていただいたんですが、その時現在フェニーチェのバレエ部門のコンサルタントをされているフランコ・ボッレッタ氏と知り合いました。2年ほど前フランコ氏とフェニーチェの芸術監督オルトンビーナ氏がモンペリエで公演中の私を尋ねてこられて「フェニーチェでオペラを」ということになったんです。すぐに「ダイド」というタイトルが出てきたわけではありませんがそのころバロック音楽を私が仕事で多用していたこともあって漠然とバロック・オペラでいきたいというアイデアはありました。

お仕事の進み具合というか、いかがでしたか?
ええ、すべてスムーズに問題なくいきましたよ。

AnteGenerale(ゲネプロ前の総稽古)がストライキで中止になりましたが劇場のストにはビックリなさったんではないですか?
いや、今までストライキは何回か経験してますよ。パリでもモンペリエでもゲネプロがなくなっちゃったこともあったし、公演そのものがストでキャンセルになったこともありましたから。要は先手を打ってストでできたスペースを反対にどれだけ有効に使えるかでしょう。劇場の中で起こることと人が生きていくうえで対面することってほとんど同じなんですよ。アクシデントやハプニングに対応していくこと自体が作品を完成させていくことであり、生きていくこともまったく同じことだと僕は思っています。

今回演出、ダンスだけでなく衣装、照明すべておやりになったわけですがオペラという形態は「テシガワラ・アート」が大きく展開できる場というふうにお考えですか?
僕は「ダンス」ということにこだわってないし、今まであったものを再現するということにはあまり興味がない。常に新しい何か、新しい空間、新しい表現を見つけたいと思っています。オペラにあっては「声を出す」ということが非常に面白いと思う。声を出すことによって空間が変わる、動物が匂いをつけてテリトリーを広げていくように声を出すことによってそこにあった空間が別の世界に変わっていく、これすごく面白いね。僕は目の見えない方や耳が聞こえない方々と仕事をすることがあって、彼らは彼らのDisableによって僕らとはまったく違う空間を持つことができるんですよ。限界とか自由とかね、彼らの限界や自由が僕らの限界や自由と比べてリミットされているってことではなくて、まったく違うスペースであり自由であリ限界であるんですよ。だからそこからまったく新しい表現が生まれるんですね。

「ダイド」演出へのアプローチはどのように?
本格的な「稽古」に入る前いわゆるワークショップをやりました。体を自由に動かすためにですね。

あ、それ私たちcoro(合唱団)とも是非やっていただきたかったです。そういうことがあるんではないかと期待してましたから。
今回は時間がなくて残念でしたよね。要するに歌うことも踊ることも身体で創っていくアートでしょう、ということは「呼吸」であり「柔軟性」であり「循環」なんです。このフィジカルな要素のバランスがよくないと歌うにしても踊るにしてもやりにくくなります。体が柔らかくバランスがとれている歌手の歌は聴く側にもバランスよく伝わりますよね。ダイドを歌ってらっしゃるアン・ヘレンベルグさんみたいにね。体の硬い人の動きは見づらいし、硬い体からは硬い聞きにくい声しか出ません。常に足の裏をやわらかく、これ大切です。
でも僕はオペラにこだわっているわけではないんです。オペラとかダンスとかカテゴリーにこだわらない自分だけの独自の表現のスタイルを作りたいと思っている。それは既存の表現方法を否定するってことじゃなくて、それらを全部抱擁してでの新しい表現形態って言うのかな、それを作りたいと思っている。今すごく興味があるのは映画、特に無声映画から学べることってすごく多いんですよ。今年の夏CIVITANOVAで映画を一本撮ります。楽しみです。

今回「テシガワラ・アート」を見せていただいて一番強く感じたのは現代アートなのに非常に懐かしい、やさしい、あたたかい、これはどこから来るんでしょうか
それは僕がとても古いものを大切に思っているからじゃないですかね。バッハ以前の音楽がとても新鮮だし、シュールレアリズム然り、1920年代然り、僕の出発点はクラッシックバレエですし、生まれてから今まで日本で生きてきたことに付随するすべてのこと、習慣とか伝統とかね、そういうものすべてを大切に思います。

フェニーチェでの次のお仕事のプロジェクトについてうかがえますか。
まだ具体的に発表できる段階じゃないんだけどいろいろ「お話」はでてます。

では次回は是非私たちも踊らせてください。心から楽しみにしています。お疲れのところ本当にありがとうございました。


 

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