フェニーチェ歌劇場友の会
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ヴェネツィア音楽散歩(4)

カナル・グランデ編 サンタンジェロからサン・トマまで

Sant’Angelo(サンタンジェロ)

サンタンジェロのバス停のあたりに、かつてサンタンジェロ劇場があった。オープンしたのは1677年で、運河と路地の両方に入り口があった。1714年から1739年の間、アントニオ・ヴィヴァルディがこの劇場の支配人を務めていた。もちろん作曲もすればヴァイオリンも弾いたので、一人3役、4役ぐらいをこなしていたわけだ。就任中50から60のオペラを上演したらしい。といっても自分で書くのは1作品あたり1幕か2幕、あとは他人の作品や自分の過去の作品を適当に組み合わせてオペラに仕立て上げていたようだ。18世紀の後半、サンタンジェロ劇場は芝居中心の劇場に変わっていった。
サンタンジェロのバス停から大運河をはさんで反対側に、奥に続く小運河(サン・ポーロ小運河)が見えるが、小運河の入り口左側の小さな屋敷は映画「旅情」でロケに使われたホテルで、火事で焼けてしばらく廃墟になっていたが、最近またホテルとしてオープンしたようだ。

地名に劇場の名残を残す

映画「旅情」でロケに使われたホテル

San Toma’(サン・トマ)
サン・トマのバス停の真向かいにある屋敷がモチェニーゴ館であり、4つの館がつながっている。モチェニーゴ家はドージェ(総督)を何人も輩出しているヴェネツィアの名門中の名門である。1624年、クラウディオ・モンテベルディがこの屋敷でオペラ・オラトリオ「タンクレーディとクロリングの戦い」を上演している。この作品はこの屋敷の主人であるモチェニーゴ伯のために書かれたものである。1630年には同じモンテヴェルディの「略奪されたプロセルピーナ」が上演されているが、その音楽は一部を除いて失われてしまった。
1818年から翌年にかけて、イギリスの詩人バイロン卿がこの屋敷に滞在した。建物の外壁にその旨を記すパネルがはまっている。バイロンはシューマンやベルリオーズなど数多くの作曲家にインスピレーションを与えているが、オペラの台本として採用された作品としてはドニゼッティの「パリジーナ」「マリーノ・ファリエーロ」、ヴェルディの「海賊」「二人のフォスカリ」がある。
1964年にはイギリスの作曲家、ベンジャミン・ブリテンがこの屋敷に滞在し、能の「隅田川」に触発された寓話劇「カーリュー・リヴァー」を作曲している。
モチェニーゴ館の右隣、壁面にレリーフのある建物が、コンタリーニ・デレ・フィグーレ館である。明治初期、アメリカ、ヨーロッパを視察して周った岩倉遣外使節団は、1873年5月8日から6月3日までイタリア各地を訪れたが、これと時を同じくしてヴェネツィアに総領事館、ローマに公使館の開設が計画された。同年5月9日、このコンタリーニ・デレ・フィグーレ館(当時は持ち主の名前でグイッチョーリ館と呼ばれていた)にイタリアで最初の日本総領事館が開設された。なお、翌年1874年1月21日、総領事館はミラノに移された。ちなみにバイロンの最後の愛人、テレーザ・グイッチョーリはこのグイッチョーリ家の嫁である。1880年10月、ワーグナーは4回目のヴェネツィア滞在に際して、この屋敷に2週間ほど逗留している。

モチェニーゴ館

コンタリーニ・デレ・フィグーレ館

コンタリーニ・デレ・フィグーレ館の正面あたりに小運河(フォスカリ小運河)があるが、その角に立つヴェネツィアン・ゴシック様式の立派な建物がカ・フォスカリで1437年、ドージェであったフランチェスコ・フォスカリの命によって建築された。大運河の曲がり角という絶好のロケーションのため、フランス王アンリ3世をはじめ、ヴェネツィアを訪れた重要な来賓がここで歓待を受けた。現在はヴェネツィア大学が使用している。フランチェスコ・フォスカリはバイロン原作、ヴェルディ作曲の「二人のフォスカリ」の主人公であるが、このオペラは1844年に作曲され、同年11月、ローマのアルジェンテーナ劇場で初演された。台本はヴェネツィア、ムラーノ島出身のフランチェスコ・マリア・ピアーヴェである。フェニーチェ劇場が初めてヴェルディにオペラの作曲を委嘱した際に、ヴェルディはこの「二人のフォスカリ」を候補に上げたが、敵役ロレダーノやバルバリーゴの子孫が存命であるということでフェニーチェが拒否したといういきさつがある。ヴェネツィアでの初演は1845年3月、ガッロ劇場(かつてのサン・ベネデット劇場、後のロッシーニ劇場)で行われた。
カ・フォスカリの左隣がジュスティニアン館である。15世紀のゴシック建築のこの屋敷にワーグナーが1858年8月30日から翌年の3月24日まで滞在している。彼はここで「トリスタンとイゾルデ」の第2幕を作曲している。また、「パルシファル」の作曲に着手したのもここである。


ジュスティニアン館(左)とカ・フォスカリ(右)

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