フェニーチェ歌劇場友の会
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ヴェネツィア音楽散歩(14)

カステッロ地区編 サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会周辺


オスペダーレ・デイ・デレリッティ(オスペダレット)

4つあったオスペダーレのひとつ。(オスペダーレについては「オスペダーレ・デッラ・ピエタ」の項を参照)。建物のファサードはサルーテ教会を設計したロンゲーナによるもの。このオスペダーレには「音楽の部屋」が残されており、18世紀のオスペダーレの有様をしのぶことができる。部屋はフレスコ画で装飾されたエレガントな客間であるが、部屋の正面奥、壁の上方両側に格子窓があり、その奥で女の子が楽器を演奏した。客人からは演奏している姿を見ることはできない構造になっている。
オスペダーレ・デイ・デレリッティ(オスペダレット)

サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会
ドメニコ派の教会で、ヴェネツィアでもっとも大きな教会のひとつである。多くのドージェの墓がある。ドージェやその夫人の葬儀が何度かここで営まれたが、参列者は少なかったという。その理由は、ミサの最中に教会が崩落するという古い言い伝えがあったからだそうである。確かにこの教会の高い天井を見ていると、そんな気がしないでもない。ジョヴァンニ・ベッリーニ、ヴェロネーゼやピアツェッタの作品があり、美術史的な視点からも必見の教会である。モンテヴェルディ、フランチェスコ・カヴァッリ、ガルッピなどが、この教会の典礼のための音楽を書き演奏をしている。カヴァッリは1620年から10年間、この教会のオルガニストを勤めていた。
1830年、この教会を訪れたメンデルスゾーンはティツィアーノの「聖ペテロの殉教」に強い感銘を受けた。このティツィアーノの絵は1867年に焼失してしまい、今展示してあるのは模写である。
1971年4月15日、ストラヴィンスキーの葬儀がこの教会で営まれた。ヴェネツィアをこよなく愛したストラヴィンスキーはニューヨークで没したが、遺言によりこの教会からほど近いサン・ミケーレ島に葬られている。

スクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコ
サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会に隣接しているのがスクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコである。だまし絵を使ったファサードが素晴らしい。このファサードはサン・ザッカリーア教会と同じマウロ・コドゥッシによるものである。半円を巧みに使ったデザインは共通性がある。現在この建物は市民病院として利用されている。1876年9月25日、ワーグナーがこの建物を訪れている。当時はすでに同信会館ではなく病院になっていたが、美しい部屋に病人が収容されていることにいたく感動したとのこと。
スクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコ(左)と
サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会(右)

広場の前の運河に沿って北に歩く。

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