フェニーチェ歌劇場友の会
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ヴェネツィア音楽散歩(15)

カステッロ地区編 ヴィヴァルディ「四季」の家


オスペダーレ・デイ・メンディカンティ

1246年にサン・ラッザーロ島に建てられた教会に起源を持つオスペダーレ。1783年、このオスペダーレの合唱団で歌っていたアドリアーナ・ガブリエッリという少女は、ルイジ・デル・ベーネという男と結婚するためにこのオスペダーレから逃亡した。やがて彼女はウィーンでロレンツォ・ダ・ポンテの愛人となる。ダ・ポンテはモーツァルトの「フィガロの結婚」や「コジ・ファン・トゥッテ」の台本作家である。アドリアーナは「フィガロの結婚」の初演の際、スザンナを歌った。モーツァルトは彼女のためにアリアを2曲、追加した(「Al disio di chi t’adora」「Un moto di gioia」)。「コジ・ファン・トゥッテ」のフィオルディジーリも彼女が初演を務めた。
1786年10月3日、ゲーテがこのオスペダーレでオラトリオを聴いている。曲も演奏も気に入ったのだが、唯一、指揮者が丸めた紙で合唱席の木の格子を叩きながら拍子をとっていたのが耳障りであったとのこと。このオスペダーレは現在、市民病院の建物の一部となっている。

サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会の広場に戻り、教会の南の路地を入って突き当たりを右折する。サンタ・マリア・フォルモーザ広場に出たらそのまま広場を突っ切り、運河に沿って北に向う。

ヴィヴァルディ「四季」の家
カッレ・デル・パラディーノの出口、マリア様の像の真向かいにある建物の中2階にヴィヴァルディが1722年から1730年にかけて家族と一緒に住んでいた。5879番地のあたりである。この屋敷で彼の母、カミッラが亡くなっている。そして彼の代表作「四季」が作曲されたのもこの家である。
オスペダーレ・デイ・メンディカンティ ヴィヴァルディ「四季」の家

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