フェニーチェ歌劇場友の会
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ヴェネツィア音楽散歩(22)

サン・ポーロ、サンタ・クローチェ地区編 フラーリ教会からローマ広場へ

ゴルドーニの家の前の橋を渡り道なりに進むと、小さな広場があり、右奥に行くとさらに広場がある(Campo San Toma’)。広場を右奥まで歩き、建物の右側を入り、突き当りを左、またすぐに右に曲がりまっすぐ歩くと教会に突き当たる。

サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ教会
通称フラーリ教会と呼ばれている。フランチェスコ派の修道士たちによって13世紀に建てられた教会であるが、建物はその後再建され、現在のものは1433年に完成したものである。この教会にはティツィアーノやジョヴァンニ・ベッリーニの祭壇画、ドナテッロの「洗礼者ヨハネ」、カノーヴァの墓碑など見るべきものが多数ある。中央祭壇の後ろにある祭壇画はティツィアーノによる「聖母被昇天」であるが、1861年11月、ワーグナーはこの絵を見て大いなる感銘を受け、「ニュールンベルグのマイスタージンガー」の前奏曲のインスピレーションを得た(ただし、当時この絵はアカデミア美術館に展示されており、ワーグナーもそこで見ている)。中央祭壇の右上にあるのはドージェ、フランチェスコ・フォスカリの墓で、彼はヴェルディの「ふたりのフォスカリ」の主人公である。中央祭壇から数えて左に3番目の礼拝堂にモンテヴェルディの墓がある(中に譜面台と彼の彫像がある)。1643年12月9日、この教会で彼の葬儀が行われている。
サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ教会 モンテヴェルディの像

教会の裏側に回ると、小さな広場になっており、正面がサン・ロッコ教会、左がスクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコである。

スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコ
サン・ロッコ(聖ロクス)は、13世紀末に生まれたフランス人でペストの治癒に霊験あらたかな守護聖人ということになっている。本人もペストにかかりながら奇跡的に回復したとされている。ヴェネツィアは何度もペストの被害にあっていることもあり、この同信会館は多くの信者を集めた。建物の中はティントレットによる絵画で飾られており、さながらティントレットの美術館のようである。8月16日はサン・ロッコの日であるが、この日はサン・ロッコ教会でドージェも出席のもと、荘厳なミサが営まれ、その後この同信会館でコンサートが催された。1608年にこのコンサートを聴いたイギリス人の記録が残っているが、きわめて規模が大きく壮大なものであったとのことである。このときはジョヴァンニ・ガブリエリが演奏をしている。モンテヴェルディは1623年から27年の間に何度か呼ばれて演奏している。1958年9月23日、ストラヴィンスキーが「哀歌-予言者エレミアの哀歌(Threni - Id est Iamentationes Jeremiae Prophetae)」の初演をここで行った。現在でもたまに観光客向けにコンサートが開かれている。

スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコ サン・ロッコ教会
スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコの道をしばらく歩くと橋を渡り、トレンティーノ教会の前に出る。教会の前の橋をわたると公園がある。

パパドポーリ公園
ヴェネツィアには数少ない公園のひとつ。ワーグナーはヴェネツィア滞在中、家族とともによくこの公園に散歩に来た。
パパドポーリ公園東側の入り口

公園の隣がローマ広場(Piazzale Roma)で、リアルトに戻るには1番または2番の水上バスに乗る。

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