フェニーチェ歌劇場友の会
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ヴェネツィア音楽散歩(10)

サン・マルコ地区編 ゴルドーニ劇場からモーツァルトの家まで

ゴルドーニ劇場

1622年、貴族のヴェンドラミン家によって建てられ、その当時はサン・ルーカ劇場と呼ばれていた。1661年に舞台と平土間を改装し、オペラが上演できるようになった。1708年、作曲家のマルチェッロ兄弟(長男ベネデット、次男アレッサンドロ、三男ジローラモ)がこの劇場のボックス席の賃料を巡って兄弟喧嘩をおこし、裁判沙汰になっている。18世紀の中ごろはもっぱら演劇をメインに上演し、ゴルドーニの主要作品が上演されている。1760年、ガルッピの「シリアのアドリアーノ」が大成功を収める。1818年にはドニゼッティの「Enrico di Borgogna」が初演され、成功をおさめている。1833年にアポロ劇場と名前を変更。1837年、ドニゼッティは「トロメイのピア」をフェニーチェのために書いたが、当時フェニーチェは前年の火事のため再建中であったので、このアポロ劇場で上演された。1847年にはヴェルディの「アルツィーラ」が上演されるが大失敗。1853年に改装され、1875年にゴルドーニ劇場と名称を変更、それ以来ほとんどオペラは上演されなくなる。1937年、ストラヴィンスキーの「カルタ遊び」が上演される。現在も演劇を中心とした上演が行われている。

サン・サルヴァドール教会
メルチェリーア側の出入り口およびのその上の聖歌台はヤコポ・サンソヴィーノの作品(1530年)。オルガンの扉絵はティツィアーノの兄弟、チェーザレ・ヴェチェーリオの作品。16世紀に作られたオルガンはほとんど18世紀に改造され原形をとどめていないが、この教会のオルガンは比較的制作当時の面影を残しているらしい。普段は上記の扉絵で隠れているので確認することができない。

ゴルドーニ劇場

サン・サルヴァドール教会

メルチェリーア通り
サン・マルコ広場とリアルト橋を結ぶメルチェリーア通りはヴェネツィアで最も重要な通りのひとつである。ヴェネツィアではかつて印刷業が重要な産業であったが、ほとんどの出版社がこのメルチェリーアに店を持っていた。音楽的に重要なのは1538年から1685年までサン・サルヴァドールの近くにあった音楽出版社ガルダーノで、ジョヴァンニ・ガブリエリの曲集などを出版している。また、この通りには多くの楽器職人の工房があり、リュートやチェンバロなどが作られていた。ティーフェンブルッカー親子がマントバ公のオーダーにより作ったキタローネはモンテヴェルディに与えられ、現在ミラノのスフォルツェスコ城のなかで見ることができる。

モーツァルトの家
San Marco, Ponte dei Barcaroli 1830
フェニーチェとは反対側の岸、赤い建物に1771年2月11日から3月12日までモーツァルト一家が滞在していた。一家の最初のイタリア旅行の際であるが、警察の外国人登録には彼らの名前はない。多分、お忍びで来たということなのであろう。彼らのヴェネツィア滞在に関してはほとんど記録が残っていないが、手紙などによると、モーツァルト本人はかなりヴェネツィアが気に入ったようである。
モーツァルトの家

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