フェニーチェ歌劇場友の会
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■ツアー報告
行ってきました!
友の会主催「特選オペラの旅」報告

初めてのフェニーチェ劇場友の会主催の「特選オペラの旅」。スケジュールに添ってご報告させていただきます。
 2007年1月11日(木)、新東京国際空港を14時発のアリタリア航空787便で出発。ミラノ・マルペンサ空港をほぼ定刻通りの時間に到着し、そのまま出迎えのバスでホテルへ今回は、ミラノではスカラ座の『アイーダ』鑑賞が第一ということから、スカラ座へもいて数分という好立地に建つ4つ星ホテル「デ・ラ・ヴィレ」に宿泊。
 翌12日から、ホテルから合流した方々も含め総勢8名(+添乗員1名)という小グループでのオペラ・ツアーがスタートです。午前中はミラノ市内観光ですが、まず歩いてす近くに偉容を誇るドウオーモへ入場し、さらにミラノ・スカラ座の内部やスフォルツァなどを見学の後、ヴェルディゆかりの「音楽家憩いの家」、サンタ・マリア・デレ・グラツエ教会の『最後の晩餐』を見学しました。さらに地元のビジネス客などにも人気のレスランで昼食。その後は、オペラ鑑賞まで自由行動です。

■派手に魅せたゼッフィレッリの『アイーダ』
 ミラノでの大きな目玉であるスカラ座の今シーズンの開幕公演最終日、ゼッフィレッリ演出の新制作による『アイーダ』を鑑賞。平土間ほぼ中央の大変見やすい席でした。今回の『アイーダ』は、すでに昨年末よりのアラーニャの降板騒動で話題騒然。

この日の出演は、ラダメスを若手のワルター・フラッカロ、アイーダにヴィオレッタ・ウルマーナ、アムネリスにイルデコ・コムローシという布陣。アイーダのウルマーナが存在感を示し、フラッカロ、コムローシはそれなりに善戦というところ。フラッカロは出だしの『清きアイーダ』ではやや生彩がなかったもののブーも出ず、幕を追うに従って徐々にエンジンがかかり、まずまずの好演。なんといっても、この公演の主役はゼッフィレッリのこれでもかこれでもかという派手な演出と装置につきるでしょう。この“ゼッフィレッリ演出”ではいかに元気のよいシャイーの指揮でも、なかなか歌手たちが“主役”になるのはむずかしいというのが正直な印象でした。
 翌日は、ミラノ滞在で終日自由行動。一部の人たちはドニゼッティの生れ故郷ベルガモの観光へ。ちょうど日本ではここベルガモ・ドニゼッティ劇場の来日公演が上演されている時期ですが、ドニゼッティ博物館や彼の生家などを見学。

■清潔感あふれる『ラ・ボエーム』
 4日目は、ミラノからボローニャへ大型バスで移動。ボローニャ近郊のレストランで昼食をとった後は、徒歩でサン・ペトロニオ聖堂などのボローニャの市内観光です。コムナーレ劇場は、スカラ座に比べるとこじんまりした劇場。決して派手さはありませんが、いかにも地元の方々の愉しみの場といった雰囲気。マチネー(午後3時半開演)ということもあり、地元の常連客たちでいっぱいでした。
 コムナーレでの鑑賞演目は、プッチーニの名作『ラ・ボエーム』。ミミがヌッチア・フォチレ、ロドルフォにステファノ・セッコ、そしてムゼッタには当初伝えられていた日本人ソプラノの中村恵理さんは登場せず、代わりにパオラ・アントヌッチというキャストです。指揮は、J.ヴァルツハ、演出はL.マリアーニ。鐵パイプを組んだシンプルな装置ながら良く工夫され、奇を衒わない堅実な舞台は好印象。どなたかが「若手歌舞伎のようですね」とおっしゃっていましたが、歌手たちも決してスターではないもののかなりの高水準。とくにマルチェッロのG.ヴィヴィアーニはなかなか良いバリトンでした。鑑賞後は、駅近くの「ジョリ−・ホテル」へ向かい、それぞれ旧市街へお食事へ繰り出しました。

■ゴンドラで劇場に乗り付けました
 5日目は、いよいよヴェネツィアへバスで移動。お昼前には到着しお食事。午後はサン・マルコ寺院、ドゥカ−レ宮殿、リアルト橋などを観光の後、サン・マルコにもフェニーチェ劇場にも近い好立地に建つ5つ星ホテル「バウアー」へ。
 6日目の16日は、10時半からフェニーチェ劇場の内部見学を劇場随一の生き字引といわれるルチアーノさんに案内していただきました。通訳には同劇場で長く合唱団に在籍されている小澤さんにお願いしました。
 その後、劇場ショップで、参加者の方々にお好きなCDもしくはDVDを選んでいただき、友の会からプレゼントさせていただきました。昼食は、ヴェネツィアの名店ド・フォルニで、フェニーチェ劇場幹部であるベッピ・モラッシさん(舞台制作ディレクター)にもご参加いただき、最新のフェニーチェ劇場情報などを伺いながら会食いたしました。
 フェニーチェ劇場にはゴンドラで乗り付けるという、今世紀初の「快挙!」となるはずでしたが、残念ながら開演時間前は干潮でゴンドラでの接岸が無理なため、水位が確保できるちょっと早めの時間にゴンドラに乗り、フェニーチェ劇場の船着き場であるファンダメンタ・マリア・カラス(フェニーチェ劇場で劇的なデビューを飾ったマリカ・カラスを記念して名付けられた河岸で、隣接してマリカ・カラス橋と命名された橋もある)へ行き、往時の貴族が乗り付けた気分を味わいました。

■復活公演『エジプトの十字軍』は大成功
 実質上はこの日が一般の方々にとってのシーズン開幕となるだけに、いつにも増して華やかな雰囲気を味わいながら早めに入場(19時開演)し、再建されてますます華麗に栄えるホワイエ、ロビーや、劇場内部の装飾などを眺めました。この日の演目『エジプトの十字軍』は、1824年にこのフェニーチェ劇場で初演され大成功を収め、それによりパリに赴いたというマイアベーアの出世作。昼食の時、モラッシさんのお話では、19世紀後半に再演されただけで、それ以降は上演がないとのこと。少なくとも140年以上は眠りについていた作品を、演出のピエル・ルイージ・ピッツィがどういった形で見せてくれるか、いやが上にも期待が膨らみます。
 そして開幕。序曲が始まりすぐ幕が開くと、十字軍(ロードス騎士団)がエジプト軍に敗れ、捕虜になるというシーンが群舞によって影絵のように、あるいは歌舞伎のだんまりのようにシンボリックに表現されます。舞台上は、大きなアラビア文字が描かれた幕一枚というシンプルなもの。全体を通してピッティの舞台のしつらえは、装置をモノクロームで統一して象徴化し、その代わり歌手たちが着る衣装には豪華な質感の生地を惜し気もなく使うなど、シンプルな中にも重厚さを表現したもの。
 マイアベーアの音楽は、初めて聴く曲にしては大変聴きやすく、親しみやすいものでした。グラントペラ風のアリアがあったり、時にはモーツァルト風のレチタティーヴォが出てきたりと、このオペラが過渡期のオペラであることをうかがわせます。そして、なによりも特徴は、主役の騎士アルマンドの役がソプラニスタ(またはカウンターテナー)によって歌われるということ。また主役級の歌手が5人必要であることなどが、この作品の上演を困難なものにしたと思われます。
 エジプト軍と戦って敗れた十字軍騎士アルマンドは、生き残ってエジプト人に変装しサルタンの娘パルミーデの恋に落ち一子をもうけます。サルタンも彼を信頼し取り立てています。そこへ十字軍がサルタンに和平の締結と捕虜の交換を申し入れに、アルマンドの叔父アドリアーノと男装したフェリシア(アルマンドのかつての恋人)を交渉役として送り込んできます。ここで二人は、死んだと思っていたアルマンドが生きており、しかもサルタンに信頼されている家臣になっていることを知って驚きます。アルマンドも、今はサルタンの娘を愛し子までもうけている現実と、出自である騎士道への忠誠との間で悩みます。紆余曲折ありながら、最後にはサルタンも慈悲の情を示し、それぞれが許しあい、愛を確かめあって大団円を迎えるというもの。
 音楽はなかなか聴きごたえがありますが、物語自体は錯綜しており、現代から見るとドラマツルギーとしては体を成していないというのが正直な感想でした。だいぶ原作を刈り込んだとはいうものの、第1幕が約2時間、20分の休憩を挟んで2幕目が約1時間という構成では、多少だれてしまうことは否めませんでした。
 しかし、演奏はかなり充実したものでした。この日は、Aキャストでアルマンドにソプラニスタのミカエル・マニアッチ、パルミ−デにパトリシア・チョーフィ、サルタン(アラディーノ)にマルコ・ヴィンコ、アドリアーノにフェルナンド・ポルターリ、フェリシアにローラ・ポルヴェレッリという布陣。もちろんすべての出演者たちが初めて歌う曲に違いありませんが、ひとえにこの5人の実力によって支えられた公演だったと言えましょう。初演当時は人気のカストラートが歌っていたものなのでしょうか。ただし現代では、ソプラニストのマニアッチとソプラノのチョーフィの歌う二重唱などは、視覚的にも聴覚的にも違和感が拭えなかったことも事実です。オーケストラは官能的とも言える弦の響きを聞かせ、エマニュエル・ヴィヨームの指揮も作品の長所をうまく引き出して、引き締まったものでした。なにはともあれ、この復活公演は大成功、客席から大きな拍手がいつまでも続きました。今回は珍しいオペラ上演ということもあり、日本からも何人かオペラ関係者が観劇に来られたようです。

■おだやかな天候に恵まれて
 翌日17日は、自由行動日。ヴェネツィアの生き字引でもある友の会の栗林副代表の案内で、ヴェネツィアのディープな散策で時を過ごしました。さらに帰国当日も夕方便のため、多分あまり観光では行かない墓地の島サンミケーレ島まで行き、この地に眠る作曲家ストラヴィンスキーやディアギレフ(ロシアバレエ団創始者)のお墓に詣でるなど、たっぷりヴェネツィアの休日を楽しむことができました。寒さを覚悟しての今回のツアーでしたが、ほとんど全行程連日10度を越す温かさで、この時期にしては過ごしやすかったのもうれしい誤算でした。午後3時、ホテルから水上タクシーでヴェネツィア空港へ。17:45発のアリタリア1462便でいったんローマに行き、ローマから東京行きのアリタリア7788便(日本航空共同運行便)に乗り換えて、翌1月19日午後5時、無事帰国いたしました。お疲れ様でした。
そして次回は、ぜひあなたもご一緒に。

企画実施:フェニーチェ劇場友の会
協力:フェニーチェ劇場
旅行手配:クラブツーリズム 丸の内倶楽部

 

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